これまでとこれから
戦後、たった一箱の巣箱から、Nさんと蜂との暮らしは始まった。
それからずっと家族で養蜂業を営み、90歳を越えた今でも蜂と向き合い続けている。
Nさんの蜂と向き合い続ける優しいまなざしや作業する背中が、僕は大好きだ。 自然と向き合うとはどういうことなのか、 仕事とはなにか、 そして生きるとは何なのかを 粛々と語ってくれている気がする。
蜂たちが慌しく飛び交うなか、 一人の人間がこれまで培ってきたものが、季節の移ろいのように これからの世代へと途切れることなくつながっていた。
全う
第64回ニッコールフォトコンテスト ネイチャー部門 入選受賞
僕は、春の始まりを告げるような温かな雨の匂いが好きだ。 それまで眠っていたヒキガエルたちの産卵が始まるからだ。 彼らは、様々な障害を乗り越えながら産卵場所の池までやってくる。
池へとやってきた雄雌のペアが、 雌が産んだ卵に雄が精子をかける抱接(ほうせつ)の準備を始めると、 その様子に気付いた他の雄が次々にそのペアへと飛び掛る。
彼らの繁殖期は短く、年によっては一晩でピークが終わってしまうこともある。 だから彼らの繁殖行動はとても激しく、命がけである。 その様子から「蝦蟇合戦」と呼ばれるほどだ。
合戦の夜が明けると、池は嘘のように静まり返っていた。 しかし、そこには合戦で力尽きたものが水面に浮かび、確かにそこで命懸けの戦いがあったことを物語っていた。 しかし、彼らの命はこれで終わるわけではない。 彼らの体はこの池で生まれる次の世代の糧へと変わり、その命をようやく全うする。 延々と続く、途方もない命の連鎖をその姿は語っていた。
ポツンと灯る自販機の明かり。 真っ暗な夜の中で、この明かりを見つけると少しほっとする。
その明かりに誘われて、生き物たちが1匹、また1匹とやってくる。飛んで来るものもいれば、這って来るものもいる。
彼らは明るい方へと向かう「本能」でやって来る。もし彼らに「ココロ」があるとしたら、一体どんな気持ちで集まってくるのだろうか。
集まってきた虫たちを、近くの田んぼで生まれたカエルたちが食べにやってくる。 僕らのための明かりが、他の生き物たちに新しい「つながり」を与えていく。